すみわかる

アラフィフ主婦の興味のあることを吐露してます。たまに為になることも書く所存。読んだ人がほくそ笑んでくれることを願いつつブログを書いてます!

1999年と2020年

あけましておめでとうございます。( ´ ▽ ` )

今年もよろしくお願いしま〜す。

 

昨日は本当に元旦だったのか?と疑わしく思うほど、いつもと変わらぬ生活を送っております。蕎麦と餅こそ食べてみたけれど、まー食べるよね平時だって、なくらいで特段ハッピーニューイヤー!ふーっ(´ε` )っていう感慨みたいなものとは一切無縁のお正月を過ごしています。

 

年末年始は自らを映画漬けにしたろ!と画策していたけれども、実際蓋を開けてみると借りに行く手前の車を運転することが、もう既にだるくて計画が頓挫している。人は着手までに手間がかかってしまうと、簡単に目的意識を失ってしまうということを、どこかの誰かから聞いたことがあるが、全くもってその通りだと思う。

 

だって実は車を運転するもっと前の、外出着に着替えることが自体がたるいし、もっと言えば、外出着に着替える前の、現在の自分の体臭が外に出掛けてOKなのか否か、仮にそれがNOだった場合、これからひとっ風呂浴びてでも出掛ける気概がもてるのかどうか、もうそういったことを考えだすと、「とりあえず、今日は借りに行かなくてもいい。」という結論になり、あれよあれよという間に年をまたいだ。この年始、グダグダ言わずにDVD借りに行ける日は果たして来るのだろうか・・・。答えは風の中で吹かれているのかもしれない。

 

そんなこんなのていたらくで、日常よろしく先程までYouTubeを観ていた。ゲッターズ飯田さんの占いを皮切りに2020年の運勢を占うチャンネルを観て回った。占う手法こそ違えど、どの占い師も今年は全体的に特別な年でっせ、とか言っていた。特別ってなんだろう、気になる。然しもう1月も2日経ってしまった。その特別な1年の中に自分はいるのだ。そう既に誰かの手でさいは投げられちまっているのだ。年末を目指して、ただひたすら生きるしか道は無い。

 

話は変わるが、2020年を自分が生きることになるとは、350円の唐揚げ定食をなーんにも考えずにムシャムシャムシャムシャ食っていた高校時代の自分には想像できないことであろう。まぁ、途中何事もなく生きていれば当たり前に来るっちゃー来る2020年だけど、あの頃の自分はエンターテイメント半分、本気半分で1999年以降の人生って、あるの?ないの?ねぇどっちなの?ってことを考えていたと思う。

 

ここを見ている若人は知るまいが、テレビで特番を組まれたり、MMR(漫画)でキバヤシさんが激アツで語るほど、日本中の若者がノストラダムスの大予言に大きく揺さぶられた時期があったのだよ。

 

もう生きて通過(1999年を)しちゃったし、20年以上も前のことだから詳しくは覚えてないけれども、それこそ特別なことが起こる的な話だったのだ。

 

まぁ、実際問題1999年をピンポイントで見れば大きな変革は起きなかったかもしれないが、あれから20年、世の中は大きく変わった。本当に変わった。

だから、2040年に生きている私も、今と同じことを言っているのかもしれない。