すみわかる

アラフィフ主婦の興味のあることを吐露してます。たまに為になることも書く所存。読んだ人がほくそ笑んでくれることを願いつつブログを書いてます!

サンタケイムホーム、バット

 

今週のお題「クリスマス」

 

私はサンタからプレゼントを受け取ったことがない。なぜならそれは・・・。

 

北海道のとある町のオンボロ長屋団地に私は18歳まで住んでいた。

そこは1階に台所の付いた10畳くらいの居間と、2階に4畳半と6畳の部屋が2つあった。あとはトイレと物置があるだけの小さな団地に、私たち家族(父、母、姉、私)4人は住んでいた。

そんな狭小団地なのに何故か異様に物が多くて、1階には3人掛けソファ1脚とシングルソファが1脚。茶ダンス2棹(さお)、テレビ、勉強机1台がギュウギュウに配置されていた。そして雪国の冬になくてはならない煙突式ストーブが季節を問わず、居間のやや台所寄り中央を占拠していた。

しかも2階にはタンスが3棹、勉強机がもう1台、三面鏡、TOYOTA製の足踏みミシンなどがあり、家具家電だけではなく、3棹のタンスには入り切らない大量の服もあった。 

そんな家の残されたスペースを物から拝借して私たち4人家族が暮らしている、そんな感じの家だった。

昭和後半生まれや、平成生まれの人には「それって、けっこうスペースある方なんじゃない?」って言われそうだけど、それは違う。昔の家具や家電は1つ1つがやたらデカいのだよ。

例えば昔のテレビは今でいうところの電子レンジより幅も高さも奥行きもデカかったのだ。信じられないかもしれないけれど、本当の話なのだ。

 

そしてその当時実家では夜になると居間に両親が寝ていた。昼間使っているローテーブルをよけて、ダブルの布団をそこに敷いて2人は寝ていのだ。前述した通り“物”が幅をきかせた家である。敷いた布団は歩く隙間も無いほど家具とピッタリくっついていたのだ。

だから煙突こそあって(すごく小さいけど)、サンタが来れる状況は整っていたけど、いかんせん家の中に降り立ったサンタが、居間で寝ている両親を踏まずに、子供たちが寝ている2階まで辿り着けたとは思えないのだ。

なので今となっては、サンタは家に来た、プレゼントを持って。でも、歩く隙間のない家の惨状を目の当たりにして、すぐさまトナカイに乗って帰っていった。だからプレゼントを受け取ることができなかった。そう思うようにしている。

 

って、貧乏一家を茶化すような書き方をしたけれど、両親だって好き好んで居間に布団を敷いて寝ていたんじゃないと思う。大切な2人娘にそれぞれ1室ずつ部屋を与える為に、自分達の寝室を諦めて居間に寝るという選択をしてくれたのだ。

私はそんな両親の想いこそがプレゼントだと思うし、そんな思いを毎日もらっていたことに改めて感謝をしたい。

こんな風に締めてもなーんも面白くないな。でも、特別な日に特別なことをしてくれるより、なんでもない日常を大切にしてくれることの方が私は100倍ありがたく感じるのだ。