すみわかる

アラフィフ主婦の興味のあることを吐露してます。たまに為になることも書く所存。読んだ人がほくそ笑んでくれることを願いつつブログを書いてます!

人生で一度だけ大号泣しながら観た映画

最近カテゴリーが「雑記」ばかりになっている。

何気にやることが多くて、頭がうまく回らなくなっている時は、自分のこと特に昔話を引っ張り出して書き出すのが手っ取り早い。

 

だから必然的に雑記が多くなってくる。

 

じゃあ、暇な時にゆっくり書けばいいじゃないか、と言われそうだけど、コツコツ書く訓練していかないと文章が上手くならないでしょう?って自問自答しながら今日も書いている。そう、私は伝える力を付けたいのだ。

 

まぁそれはさておき。「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」を観に行って以来、映画は観ていない。その内容の斬新さに衝撃を受けたから、映画全般から足を洗った、とかではない。実際ドラゴンクエストⅤの下地がなかった私は、私なりの解釈で楽しめた派なのだ。それにやっぱりドラゴンクエストだーいすき❤️早くⅫ出ないかなぁ〜と首を長くして待っていたりする。

 

と、また寄り道をしてしまったが本題に入りたいと思う。10年以上前。心臓バクバク、嗚咽がモレモレ、ぼうだの涙で顔がビチョビチョになって震えながら最後まで観続けた映画がある。(ちょっと大袈裟だが嘘ではない)

 

その映画について何の前知識もなかったし、いつか観ようと公開を楽しみにしていたものでもなかった。ただ、CMなんかでその映画が封切りになるらしいことは知っていた。その程度の認識だった。

 

でもいざ蓋を開けてみると、主人公の女の人が可哀想で可哀想で仕方がなかった。後日その映画について知り合いと話した時、その人は主人公の顛末は“身から出た錆”的な感想を持っていて、私はそれにちっとも賛同できなかった。私には主人公の善意が裏目裏目に出た悲しい話にしか思えなかった。笑えなかった。映画自体は鮮やかな色彩で、物語の悲惨さとは裏腹な演出なんだけど、それがかえって主人公の悲惨さを際立たせていた。私は終始悲しくて悲しくて仕方がなかった。

 

そんな私を傍らで見ていた姉は「そんなに泣くほどか・・・。」と面食らった顔していたけれど、私は自分がこれほどまでにこの映画に泣かされている理由も分かっていた。私は自分と主人公を完全に重ねて観ていたのだ。この女の人何も悪くない。この女の人は誰かの為に良かれと思ってやっているだけだ。なのに誰も分かってくれない。しかも事態は悪い方悪い方に転がり落ちていってる。誰か助けてやれよ!誰かキチンとこの人を愛してやれよ!って思いながら観ていたんだ。自分と重ねながら。

 

こんなに熱く語ったあとだけど、内容にちょっとした勘違いがあったらごめんなさい。なにせ10年以上も前に一度観た映画のことだからさ。内容に記憶違いもあるかもしれない。今朝の朝食も思い出せないし。(笑)だけど、この心に刻まれたとてつもないやるせなさは未だに消えることがない。だから怖くてもう一度観ることができない。またあんなふうに泣いてしまったらイヤだから。

 

だけど人生でたった一度だけでも、あんなに大泣きできる映画に出会えたのことはラッキーなことだと思う。あなたもそんな経験ありますか?それでは。良い一日を。

 

 

 

ってタイトル教えないのかーい!(笑)すいません。書きますね。それは嫌われ松子の一生という映画です。2019年年末のおともにどうぞ。