すみわかる

アラフィフ主婦の興味のあることを吐露してます。たまに為になることも書く所存。読んだ人がほくそ笑んでくれることを願いつつブログを書いてます!

遅刻が減った①キッカケ編

「時間にルーズな人間は

 何事においてもだらしがない。」

          by 昔の知人

 

遅刻するとあからさまに表情を変えて

不機嫌になる女の人がいた。

例え、それが2分、1分、いや30秒でも

その人からは堪忍袋の切れる音がした。

 

彼女曰く、事前に連絡があれば

まぁ、情状酌量の余地はあるらしいのだが

激走して滑り込んだ挙句

時間オーバーになった時など

要するに何とか時間に間に合うように

労力を使ったが叶わなかった場合は

結局、何の連絡も無いことと同じなので

相手がどんなに汗ダラダラ

ゼェゼェハァハァ、心臓バクバクで

現れたとしても、彼女には

時間に遅れた=約束を反故にした

人間が目の前に現れたに過ぎず

弁解の余地はないとのことであった。

ん〜厳しい。

 

そんな彼女に対して

私は2.3回遅れて登場したことがある。フハッ.

事前の連絡有りと無し混合。

いずれも私が彼女の元を訪れるという

シチュエーションだった。

 

結論から言うと

毎回彼女は怒っていた。(笑)

連絡を入れようが入れまいが

怒るのだ。

 

ただ、事前に連絡を入れた時は

目は微笑んでいるが瞳が怒っていて

連絡を入れられなかった時は

目も瞳も怒っていて

おまけになかなかこちらを

向いて話し始めなかった。

 

遅刻を重ねるたびに私に対する

彼女の信頼バロメーターが

目減りしていくのが

可視化できるくらい分かり易かった。

 

で、その3回目くらいの時に

遅刻したことを詫びた流れから

冒頭のような遅刻についての

一家言を聞いた。

 

その当時の私は

なーんて短絡的な。

一事が万事ってことかいな。

そんなに人間て

分かり易いものじゃないだろう。

はん!じゃあ、あなた様は死ぬまで

絶対に遅刻はしないのですね?!

はーぁ。たいそうお偉いことで!!

と随分ねじ曲がった心で

そのひとくさりを聞いていた。

 

だが、結局はこの言葉が

自称「遅刻のプロ」だった私に

引退宣言をさせることになったのだから

本当、人生とはどこでどんな幕引きが

待っているのか、分からないものだ。

 

とかなんとか

気取ったことを言いながらまずは

私の自称プロ歴について語らねばならない。

 

え〜私の遅刻の始まりは

小学生の時ですね。

その頃はまだ、毎度毎度という

常習性はなかったけれど

登校前の身支度が間に合わなくて

(テレビでトムとジェリーを観ていた為)

「学校にまにあわないよ〜。グスン」

と半ベソをかきながら急いで準備し

慌てて突っ走って学校まで行った

という記憶がままある。

可愛いエピソードながら

準備そっちのけで朝から

テレビに興ずるあたりに

プロへの片鱗が見え隠れする。

 

そして中学。

全ての学生が登校を終え

静まり返った朝の校舎に

たった1人疾走しながら

教室に向かったことが

何回、いや何十回あっただろうか。

 

自分的にはこの頃に、我が遅刻の原型

「滑り込みアウトスタイル」が

出来上がったと思われる。

 

因みに

「滑り込みアウトスタイル」とは

どんなに鬼走りしても

そもそも出発時間が遅いので

基本、間に合わないのだが

稀に30秒遅れとかでインすることができ

あたかも間に合ったような雰囲気を

醸し出せるが、実際はアウトだからね。

というスタイルのことだ。

(なんのこっちゃ。笑)

 

他に「走ったら負け!スタイル」や

「遅刻するくらいなら休みますスタイル」

の使い手もいるとか、いないとか。

 

更に高校生からその後の人生20年間くらいの

体たらく振りは、本当に関わった人々に

深々と謝るしかない。

 

例えば、高校の一限目中に登校する。

 

例えば、彼氏の家までバスで45分かかるのに

約束時間の10分前に家を出発する。

 

例えば、バイトや仕事は

ギリギリ1分前かギリギリアウト

(滑り込みアウトスタイル)で出勤。

そして、定時ちょっきりに帰宅。

(ここは時間を厳守する。笑)

 

もちろん

姉や友人との待ち合わせも毎度遅れる。

で、たまに時間通りに着きそうだと

少し誇らしげな顔で

背筋を伸ばして歩いて行ったりする。(笑)

 

もうこの頃は既に

(自称)なうてのプロに

成り上がってしまっていた。

 

だからいつも走っていた。

だからいつも頭の中は

遅刻の言い訳を考えていた。

 

何十年も同じことをしているから

走ることが、言い訳を考えることが

すっかり当たり前になっていた。

 

時間を守る為に走ること。

(結局守れてないのだが。)

待ちわびている相手の怒りが

少しでも軽減するような

言い訳を考えること。

 

でも30歳を過ぎた頃からだろうか。

こんな自称プロ人生にも「?」マークが

灯るようになった。

 

もしかして自分にも

待ち合わせ時間の10分前に着いていたり

逆に待つ側の人間として

そこに立っていたりする

そんな今とは違う人生も

あり得るのではないだろうか

と考えるようになったのだ。

 

でもこの頃はまだ

思うだけで相変わらずの遅刻魔

もとい遅刻のプロ(自称)のままだった。

 

実践編へ続く!